小説『舌忙病院(ゼツボウビョウイン)。』/紅の世界(アカノセカイ)。
みなさんはホラーが好きですか?
私は好きです。
作中に漂うあの不気味な雰囲気が好きです。
……『プランケット城への招待状』(米国88年)や『アダムス・ファミリー』(米国91年)といった作品を観ては、自分もあの世界へ行ってみたいと思っていました。
この作品はそんな世界のお話しです。
登場人物は怪人、奇人、狂人、異人、変人ばかり。
……彼らの作り出す独特の世界を覗いてみませんか?
※2011年5月20日(金)E★エブリスタより年齢制限。
※作中、不快(非常識)な表現や写真(画像)があります。
苦手な方はご遠慮下さい。
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誹謗中傷はご遠慮下さい。
関連用語。
危篤、骨壺、深夜バス、連続殺人鬼、同性愛者、スタンリー・キューブリック、時計じかけのオレンジ、鉄道自殺、テッド・バンディ、グレアム・ヤング、ジャック・ケッチャム、隣の家の少女、タクシードライバー、愛猫家、独り言、偽善者、暴行、墓地、葬儀、故人、ゴミ屋敷、ピエロ、放火。
創設2011年5月4日(水)。
原作『舌忙病院(ゼツボウビョウイン)/原作者 美山。』の表紙より抜粋。〉
※赤と黄色とピンクの中間色の亀。※
母親の母親。つまりぼくの祖母にあたる人が闘病中だとは聞いていた。
余命宣告を受けたガン患者だった。
その人が危篤だと電話があった時、ぼくはその日五度目の入浴中だった。
ぼくはきれい好きなのだ。
一日最低五回は入浴するし、歯は九回は磨くようにしている。だからいつも歯茎からは血が滲んでいる。
「わたしは舌忙病院(ぜつぼうびょういん)の『赤と黄色とピンクの中間色の亀』といいます。二百四号室に入院中のアレが危篤ですので、すぐに来て下さい!!」
ぼくが返事をする前に「赤と黄色とピンクの中間色の亀」は電話をきってしまった。
相手の声は若い女性のようにも聞こえたし、自分の声のようにも聞こえた。
ぼくは両親の携帯に電話をしてみた。
でもつながらなかった。
両親は二日前から結婚十七周年記念日だかでヨーロッパ旅行に行ってしまっていた。
……とても外に出る気分ではなかった。できればこのままお風呂の続きをしたかった。そして出てきた後は、ベッドの中で母親の向精神薬(母親は『夜のお友達』と呼んでいる)をかじりながらスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』を観つつ眠りにつきたかった。
ぼくはお風呂の続きを始めた。ぼくが今日四度目のヒゲを剃っている時に、また電話がかかってきた。
ぼくはびっくりして、危うく首を切りそうになってしまった。
相手はまた「赤と黄色とピンクの中間色の亀」だった。
「わたしは舌忙病院の『赤と黄色とピンクの中間色の亀』といいます。二百四号室のアレが亡くなりましたので、回収にきて下さい」
先ほどと同じようにぼくが返事をする前に、電話はきられてしまった。まあ、はじめから返事をする気なんてなかったけれど。
なぜだかわからないけれど、ぼくは出かける気になっていた。ぼくは着替えるとふたたび両親に電話をしてみた。
でも電話先の声はなぜだか昔ぼくに好意を持っていた、同性愛者で中学の陸上部で顧問をしていた男の声だった。
「おお、久しぶりだな。どうしたんだ?」
「急に声が聞きたくなっちゃったんです(ぼくは何となくそう言っていた)」
「……そうか、高校生活はどうだ? 陸上部には入らなかったんだよな?」
「そうなんですよ。ぼくはよく考えたら日焼けするのが嫌いなんです。今は美白にハマっていますよ」
「はははっ。お前は相変わらずだなぁ。まあ、お前が良ければ、それで良いんじゃないのか。それじゃあ、今、退屈なんじゃないのか? お前のことだからバイトもせずに、家でゴロゴロしているんじゃないのか?」
「まあ、そうですね。バイトどころか、学校も辞めてしまいましたよ。あはははは」
ぼくは先生とキスをする姿を想像しながら、とてもドキドキしていた。
「えっ!? ほ、本当か?」
「はい。本当ですよ」
「……そ、そうか。それでご両親は何て言ってるんだ?」
「父親は何だか色々と難しい話をしていましたね。『人生はゲームだ』とか何とか。
母親は『たまには途中下車も必要よ。人生は長いんだからぁ』と言っていましたね」
「そ、そうか。それで、お前としてはどうなんだ? 先のことを考えているのか? もしかして……いじめにあっていたのか?」
「先のことはゆっくり考えますよ。今は先生にいじめられたいです。
今週の日曜日、会えませんか?」
ぼくは明るい声をだした。
先生はぼくと会う約束をしてくれた。両親が不在なのでさびしいと伝えると、少し間をあけてから「それならおれのアパートに泊まれば良いだろう」と声を上擦らせながら言ってくれた。
家(マンション)を出る時に、メリーの鳴き声が聞こえたような気がした。
ぼくは独り置いていくのはかわいそうなので、飼い猫のメリーも連れて行くことにした。
正確には元飼い猫だったけど。
メリーは三ヶ月前に死んでいた。だから今は冷蔵庫の上に置かれた骨壷になっている。小さい頃に着けた首輪が首に食い込んだのが死因だった。
死んでから、一度も首輪を代えたことがなかったことに気がついた。
骨壷をふってみたらコッツカッツ音がした。
メリーは死んでもかわいいと思った。
※深夜バス。※
ぼくは『流ノ頭町駅前行き(さのがしらちょうえきまえいき)』の深夜バスに乗った。
深夜バスに乗るのは初めてだった。
ひどい雨のせいで、ぼくの全身はずぶ濡れになっていた。メリー(骨壷)を両手で持っていたから傘がさせなかったのだ。
バスの中はまだ九月なのにもかかわらず、なぜか暖房機が使われていた。
しかも、その暖房機はイカれているのか「ヒィィィヒィィィ……」と女の子の悲鳴のような音をだしながら、生暖かい風を吐き出していた。
腕時計で時刻を確認すると午前一時二分だった。この腕時計は祖母の旦那である祖父の形見の品だ。
祖父はぼくが生まれた次の日に「頭の中にウジ虫がわいた」と騒ぎだして鉄道自殺している。
ぼく以外の乗客は二人しかいなかった。
前の方に座っている幼い小柄な双子の姉妹だ。
双子は黒装束で、それぞれ片方ずつ右足がなかった。二人とも顔色が悪く、黒い髪を腰まで伸ばしている。
右側に座る女の子が左側に座る女の子に童話(本)を読んであげていた。
「……その継母は、その少女を折檻しました。それは」
「どんなふうに? ねぇ、どんなふうに折檻していたの? ねぇ、どんなふうに? ねぇ、どんなふうに折檻していたの? ねぇ、どんなふうに? どんなふうに? ねぇ、どんなふうに折檻していたの? ねぇ、どんなふうに? ねぇ」
右側の女の子は左側の女の子に、そう訊かれていた。
右側の女の子は読んでいた本を閉じると、いきなり左側の女の子の髪を左手で掴んで、その女の子の顔面を力一杯叩きはじめた。
バッツドブッバッツドブッ……。
車内に叩く音が響いた。
「こういうふうに」
何十回も叩いた後、右側の少女は叩くのをやめてそう言った。
「ばぶっぶっっ……」
左側の女の子は口や目や鼻から赤い汁を流しながらそう言った。
口はぐちゃぐちゃで歯が何本も抜けていた。目は真っ赤に充血していたし、顔中赤紫色の模様ができていて、もう双子にはみえない。
床には右側の女の子が掴んでいた髪の毛が、頭皮ごと抜け落ちていた。
「それからお城に向かう馬車の中でも……」
右側の女の子は何事もなかったように、ふたたび童話を読みはじめた。
ぼくは一番後ろの席に座るとメリー(骨壷)を優しく隣に置いて、持ってきていたジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』を読みはじめた。
三十分ほどして目的地である舌忙病院の前にバスは停まった。
ぼくは本に熱中していたのであわてて降りた。
ぼくの頭の中では『隣の家の少女』の少女がまだ熱湯をかけられて、悲鳴をあげていた。
ぼくは微笑みながら鞄からだした折り畳み傘を広げた。
そして何かたりないと思ったらメリー(骨壷)を忘れていた。
あわてて発車したバスを見ると、一番後ろの席の窓から先ほどの双子が手を振りながら遠ざかっていくところだった。
ぼくもつられて手を振ってしまっていた。
※舌忙病院。※
舌忙病院は五階建てで、じめじめしているうえに竹やぶの中にある。毎回来るたびに、舌忙病院は巨大なナメクジのような印象をぼくにあたえた。
ぼくは正面玄関へと竹やぶを掻きわけつつ向かった。
正面玄関はすでに閉じていた。ぼくの手や腕には無数の切り傷ができていた。ぼくはそこから流れでた赤い汁を舐めながら、見舞い客用の出入口の存在を思いだしていた。
仕方なくぼくは竹やぶをふたたび掻きわけながら、見舞い客用の出入口へと向かった。
見舞い客用の出入口(自動ドア)を非常灯の明かりがうっすらと照らしていた。それ以外は何もついていないのでとても暗かった。
そして自動ドアは何故か反応しなかった。
仕方なく、ぼくは自動ドアを手で開けてみることにした。
自動ドアは「ギィキィィィィー……」という耳障りな音とともに開いた。
院内に一歩踏みこむと、何度も踏み潰された鳩の死骸が目についた。それにへんてこな臭いもする。
それはかぶと虫の幼虫に、黒猫の吐息を混ぜたような不快な臭いだった。
ぼくは鳩の死骸を踏まないように靴を脱いで(新品のブーツを汚すわけにはいかない)スリッパを履くと祖母の病室がある二階へと向かった。
病院内は静かで真っ暗だった。
電気がついていないからだ。エレベーターが止まっていたのでぼくは手探りの状態で階段を上りはじめた。
「具合悪くない? 悪かったら治してあげるよ?」
階段を上がりきったところで突然声をかけられた。『院長』と書かれたバッチをつけた白衣の痩せこけた老人だ。小柄な老人で右手に懐中電灯を持っている。
「具合は悪くないです」
「そうなんだ」
老人はがっかりした顔をしていた。
「……あのう」
「ん、何? 具合悪くなっちゃったの?」
老人はうきうきした声をだした。よく見るとよれよれの白衣には点々と黒い染みがついている。
「いえ、具合は大丈夫です。その懐中電灯を貸してくれませんか?」
老人は右手に持っていた懐中電灯に視線を向けると、驚いたような泣きだしそうな顔をした。
「それじゃあ、またね」
老人はそう言うと去ってしまった。
懐中電灯は借してくれなかった。
ぼくはふたたび真っ暗になった。
スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン、スパン……。
廊下にぼくの足音が響いた。
廊下にはいろんな物が置ちている。
聴診器、カルテ、マネキン、入れ歯、烏の剥製、義足、補聴器、避妊具、錆びついた三輪車、割れた注射器……。
ぼくは祖母の病室を探すため、各病室のプレートを確認しながら歩いた。
二百十号室、 二百九号室、二百八号室、解剖室、二百七号室、二百九号室……。
あれっ?
さっき同じ病室(番号)があったような気がした。気のせいだろうか?
スパン、スパン、スパン。カツン、カツン、カツン。スパン、スパン、スパン。カツン、カツン、カツン。スパン、スパン。カツン、カツン。スパン、カツン……。
ぼく以外の足音が廊下に響いている。しかも、それは真後ろから聞こえていた。
でも、何度振り返っても相手の姿は見えなかった。
しばらく歩くと看護婦(看護師)さんがいた。
看護婦(看護師)さんは病室から患者を乱暴に引きずりだしていた。
「何しているの?」
「見てわかんない? 死んだから運んでんの」
その看護婦(看護師)さんは金髪でガムをクチャクチャやっている。厚化粧のせいで年齢がよくわからないけれど、とても美人だと思った。
でも短いスカートと網タイツからは淫乱な匂いがした。
「死んでるの?」
「まあね」
「見ていい?」
看護婦(看護師)さんはうなずくとぼくに懐中電灯をわたしてくれた。
光に照らされた患者は猿みたいな男だった。ガリガリで生臭い。目や鼻や口から黄色く濁った汁を流していた。
「ぼく、本物の死体なんて初めて見た」
「ふぅん。よかったじゃん」
「でも、本当にこの人、死んでるの?」
「触ってみな」
触ってみたら温かかった。
「あれっ!? 温かいよ?」
「死んだばっかだからね」
看護婦(看護師)さんはそう言うと、患者の股間を赤いハイヒールで何度も踏みつけた。
それから顔に唾を吐きつけた。
「死んでるから動かないよ」
「ほんとだ」
患者が小刻みに震えていたけれど、ぼくはなんとなくそう言った。患者の股間から流れでる赤い汁をながめながら。
「どうしてこの人は死んだの?」
なんとなく訊いた。
「装置のスイッチをきったから」
看護婦(看護師)さんは面倒くさそうに言った。
「きっていいの?」
「この病院、夜になると電気使ったら駄目なんだ」
「何で?」
「知らない」
「毎晩きるの?」
「まあね」
「それじゃあ、毎晩死ぬんだね」
「そう、毎晩ね」
看護婦(看護師)さんはそう言うと今度はガムを吐いた。
祖母は廃棄室にいた。
廃棄室は八畳ほどの部屋で、小さな窓が一つあるだけの個室だった。
家具は祖母が寝ているベッドが部屋の中央に置かれているだけで、医療機器もなければ、テレビもない。おまけに窓にはカーテンがなく開けっ放しになっていて、外の竹が部屋の中まで入ってきていた。
そしてここにも灯りはなく暗かった。
「赤と黄色とピンクの中間色の亀」はぼくの家以外にも連絡していたらしい。
廃棄室にはすでに十人くらいの奇人や怪人がきていた。
天井に頭が届きそうな巨人老夫婦や、独り言をぶつぶつ言っている全身吹き出物だらけの老婆、全身に『結』という漢字のタトゥーをいれた結合性双生児の姉妹や、チョコを食べつづける妊婦。
そういった人たちだ。
みんな懐中電灯を持って祖母のベッドをぐるぐる回りながら、祖母の顔を照らしていた。
そして時々「るるぅぅぅ……」とか「いなぁっと、えっ?」と叫んでいた。
見覚えのない人ばかりだった。いや、一人見覚えのある人がいた。真面目そうな七十(歳)くらいの男だ。白髪混じりの髪をオールバックにしている。その男は医者らしき白衣の男と話していた。
その男をどこで見たのかぼくは思いだせなかった。
ただ一つ確かなことは、ぼくがしている腕時計とその男の腕時計が同じ物だということだ。
どうも周りの話を聞いていると、祖母を自宅まで運んでくれる葬儀場の人間を待っているようだった。人垣を割ってまで死んだ祖母の顔を見たいとは思えなかったので、ぼくは廊下に座り込んで葬儀場の人間がくるまで待つことにした。
相変わらず病院内は静かだった。
舌忙病院には他に入院患者がいないのだろうか?
待っている間に読書でもしようと考えたけれど、暗すぎて読めなかった。仕方ないので幾つかポケットに入れてきた『夜のお友達』をかじりながら、ぼくは口笛を吹くことにした。
曲はシューベルトの『魔王(妖精の王)』だ。
※紅の世界。※
夜空には紅い満月がある。
ぼくはその満月の幻想的な美しさにみとれた。
すごく紅い。
興奮してドキドキする。
だけど、ぼくと一緒に歩くその男は、まったく気にしてはいなかった。
気がつくとぼくは、背の高い見知らぬ白人の男と森の中を歩き続けていた。ぼくたちは裸で、その男は自分の顔に別人の顔を貼りつけていた。見知らぬ老婆の顔だ。
まだ切り取ったばかりなのだろう。切り取った顔からは赤黒い汁が流れていた。
「ねぇ、すごく素敵だよ。すごく紅いの。ねぇ、見てみなよ」
その男はぼくを無視して歩き続けた。
日本語がわからないのだろうか? それとも聞こえていないのだろうか?
紅い月の影響を受けて周囲の木々や地面が紅い。
そしてぼくたちも。
風はなく、ぼくたちの足音だけが不気味なほど響いた。
ぼくは自分の意志とは関係なく、男と一緒に歩き続けた。不思議なことにどんなに歩いても疲れることはなく、裸足なのに足の裏も痛くはならない。
「ねぇ、どこに行くの?」
男は無言のまま歩き続けた。かすかに男からは香水の匂いがした。ぼくはいやらしい匂いだと思った。
しばらくすると周囲を木々に囲まれた、開けた場所についた。
不思議な場所だった。とても広いように感じるのに狭くも感じるのだ。そして開けた場所の中央には、男根の形をした一本の巨木が生えていた。
「ここにようがあるの?」
相変わらず男はぼくを無視した。
男が中央に生えている巨木へと向かい始めた。それにつられてぼくも歩き始めていた。
巨木には少女の死体が縛りつけられていた。
白人の少女で長くのばしたブロンドを真ん中で分けている。裸だ。
絞殺されたのだろう。首は黒く変色していて、足元には少女の体内から流れでた汚物が溜まっている。
少女は苦しんだようだ。すさまじい形相をしていた。
男はしばらく死体を見つめた後、死姦を始めた。
ぼくはその間、座りこんで紅い月を見つめていることにした。
本当に素敵だった。
紅い月には吸い込まれそうな妖しさと儚さがあった。そこには千も万も狂暴な色があふれていた。それは人智を超える何かだった。
ぼくの全身は小刻みに震えていた。よくわからない汁が口や鼻から流れでた。目からも流れた。息苦しかった。
けれど幸せだった。
しばらくすると目的を果たした男が死体から離れて、荒い呼吸を整えていた。
ぼくは男の汗ばんだ後ろ姿を見て、突然、気がついた。
「もしかして、あなたはテッド・バ」
ぼくは男にすばやく口をふさがれた。男は少し間をおいてから、ぼくの耳元でささやいた。
「それは言っちゃだめ」
その声はぼくの声だった。
【再び、舌忙病院。】へつづく。
・・・最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m。
来週月曜日深夜につづきを公開致します。
原作 美山。/編集/挿し絵 カワセリリ。