幻影主夫。/ただのショート。
妻がヒカリの旦那さんの話をまたはじめだした。
妻がヒカリの家に遊びに行くと恒例になっているあれだ。
「ヒカリの旦那さん、駅まで歩いて行くんだよ。三十分も」
先週、自分が十五分も歩いて行きたくないから自転車を買いたいと話したばかりなので嫌な気持ちになった。
「別に自転車を買って通うことは反対しないけど、十五分くらいなら歩いたほうが良いってヒカリも言ってたよ」
妻が夕食で使った食器を洗いながら何気ない感じで言う。
「そうか・・・」
四歳になる娘と一緒にテレビを見ながら僕は言う。
妻は何かとヒカリの旦那さんの話を持ちだす。
それは結婚してからすぐのことだった。
「ヒカリの旦那さん、出産に立ち合うんだって」
まだ、妊娠もしていない妻から言われたのは、幼なじみのヒカリという女性の旦那さんが出産に立ち合うという話だった。
もし、君がのぞむなら僕も立ち合うよ。
そんなわけで、その二年後には僕もしっかり立ち合うことになっていた。
「ヒカリの旦那さんが子どものために一戸建てを購入したいって言っているんだって」
それまでうちと同じようにアパート生活を送っていたヒカリの家が一戸建てを購入してから、妻がしきりに一戸建ての話をするようになり、自然な流れで我が家も不動産屋巡りをはじめた。
「あなたが嫌ならこのままでも良いんだけど、子どもがもう一人増えたら色々大変だよね?」
妻の話によると、ヒカリの家ではすでにもう一人妊娠中だった。
「別に嫌ではないよ」
特に強く反対する理由は僕にはなかったので、妻の親戚の不動産屋がすすめるその一戸建てを購入した。
二階建ての4LDKで駐車場もあるし、小さな庭もあって悪くはなかった。ただ、駅まで歩いて十五分は微妙ではあった。
「ヒカリの旦那さん、朝のゴミ出しをしてくれるし、夕食も率先して作ってくれるんだって」
ゴミ出しはしょうがないと思いながら受け入れたけれど、夕食まではさすがに受け入れられなかった。
逆に同じような境遇なのにそつなく夕食まで作るヒカリの旦那さんという人物が信じられなかった。
どんな人なんだ?
そもそも妻のまったくの作り話で、存在すらしないんじゃないのか?
そんなふうに考えていた。
だから、実際に会った時は驚いた。
「どうもこんにちは^^」
実在すら疑っていたヒカリの旦那さんは、とても自分には真似できないような素敵な笑顔で挨拶をしてくれた。
コンビニでの買い物中ということもあって、お互い簡単な挨拶で別れたけれど、妻の話をすべて納得させる笑顔がそこにはあった。
あの笑顔ならあり得るな、と思った。
それからできるだけ、自分も夕食を作るようにした。
似たようなメニューにならないように駅からの帰り道、よく考えながら歩いていて、信号無視をしそうになってクラクションで注意されたりもした。
しばらくして、再び彼を見かける機会があった。
彼は駅前で老婦人にお礼を言われていた。
「どうもわざわざありがとうございました」
彼は「いえいえ」とか言いながら、持っていたビニールの袋とあの素敵な笑顔をその人に渡しているところだった。
話かけようかと思ったけれど、こちらも急ぎの用があったし、向こうも話している途中だったので、そのまま通りすぎるかたちになった。
いや、でも・・・と考えたりもした。
どう考えても仕事をしながら家事のほとんどをこなすというのが信じられなかった。
かといって、挨拶程度の相手にそんなことをきけるわけはなかった。
結局、妻の策略に引っかかっているだけなのかもしれないな、と考えながら今夜も夕食を作った。
・・・私が子どもを連れてヒカリの家から帰ってくると、いつものように食卓に夕食が並んでいた。
ちゃんと旦那の存在を信じてくれたかしら?と私は考えていた。
きっと信じてもらえるはずがないな、と思った。
自分だって、こうして毎晩のように夕食ができていなければ、交通事故で亡くなったあの人が作っているなんて信じられなかった。
信号無視をして亡くなるほど、家事を押しつけてしまったことをとても後悔していた。
私はひどい妻だと思った。
泣きそうな私に「このクリームシチューおいしいね^^」と娘が言ってきたので「そうだね」と言って、私は娘を抱きしめた。
娘は不思議そうな顔をしていた。
私は「ごめんね」とつぶやいた。
了。
【あとがき的な。】
昨日、結婚について悩んでいる(?)友人がいた。
私からしたら、結婚とかどうでもいいんだけど、なんか、悩んでいる友人を見ていたら書きたくなった。
結婚を皮肉るつもりで書いたのに、書き終えたら、なんか、意外といいお話(?)になっていてビックリした。笑
やっぱり“書く”行為はむずかしいと思った私でした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m。
またね^^